連載エッセイ

私が雨の日の外出を好きになれない理由

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出掛ける予定を立てたり、これから外出したりする時に、あらかじめその日の天気予報をチェックする人は多いのではないだろうか。

そして、もしチェックした結果「雨」だと分かれば、外出するのを止めて家でまったりと過ごすこともあるだろうし、それでも外出しなければいけない用事があって傘を片手に出掛けることもあるだろう。

そうやって雨の日をうまくやり過ごしている人は多いと思うが、私は雨の日にはあまり良い思い出がないので、ここでは私の雨の日のエピソードについて書いてみたいと思う。

私は、昔から雨の日があまり好きではない。

フリーランスで通勤の必要がなくなった今では、よっぽどの理由がない限り、雨が降っている時やこれから雨になると分かっている時には外出を控えるようにしている。

と言っても、「雨がずっと降らなければ良い」とか「毎日晴れの日ばかりだったら良いのに」などと願っている訳ではないし、雨を厄介者扱いするつもりではない。

それでも、やはり薄暗くどんよりとした雨の日は、ただそれだけで気分が憂鬱になりがちだ。

また、傘を持って歩くと、その扱いに困ることもしばしば出てくる。

たとえば、手荷物が多い時に傘があると扱いづらいし、雨に濡れた傘を持って満員電車に乗り込めば、傘の先の部分から雫が垂れて足元が濡れることもよくある。

そんな風に、雨の日は外出中の不便が増すので、外出するモチベーションをも下がってしまう。

私はそんな経験を多々しているが、きっと私以外にも同じような経験のある人は多いことだろう。

しかし、そうした経験に加えて、これまでことごとく「傘との相性が悪かった」という理由で、私の中での雨の日の印象はさらに良くない。

「傘との相性が悪い」と言っても、これだけでは何のことだか分からないかもしれないが、簡単に言うと「自分が傘を持っているかいないかと、雨の降る降らないが一致しない」のである。

つまり、「朝ジャンプ傘のような大きな傘を持って出掛けると、帰りには晴れていて傘は用無しになっている」、「逆に朝傘を持たないままで出掛けると、夕方には雨が降っている」、そんなことがとても多かったのだ。

しかも、その「傘との相性の悪さ」は、夕方まで待たずして「朝家を出た時点」ですでに答えが出ていることが大半である。

たとえば、朝出勤しようとお気に入りのジャンプ傘を持ち家を出て、駅まで歩いて行く。当然、駅まで歩く途中には、同じように駅に向かって歩いている会社員やOL風の人たちがいる。けれど、その人たちを見てみると、大半の人が傘を持っていないのだ。

また、私が朝傘を持たないで家を出ると、道行く人々はたいていが傘を持って歩いている。

そして、夕方になると、それがそのまま答えになっていることが多い。

つまり、夕方になって帰宅するころには、「傘は手元にあるけど晴れている」「雨が降っているけど傘はない」ということになるのである。

そんなこんなで、雨の日には「傘をずっと持ち歩いていながら、荷物になっただけで結局出番がないまま終わる」「傘を持っていないがために、雨に濡れながら駆け足で帰宅する」もしくは「駅から家までの5分程度の距離のためにビニール傘を買う(そして家に帰って少しすると雨が止む)」といった間の悪い思い出ばかりである。

その理由は、単に「天気予報をチェックせずに出掛けていたから」という場合もあるのだが、ちゃんと事前に天気予報をチェックしたはずの時でもそんなことが多かったので、もう閉口するしかない。

「これはもしかして、何かの嫌がらせか呪いか何かだろうか?」などと思っていたほどである。

しかし、そんな悩みも「折りたたみ傘をメインに使う」ようになると軽減した。

折りたたみ傘は「雨の日に差すにはサイズが小さい」「使った後は折りたたまないと広がってしまう」など面倒なことも多く、あまり好きではなかったが、鞄の中などに常備しておくのには便利だ。

なので、「折りたたみ傘を鞄に入れていつも持ち歩く」ようにして、「大きな傘は家を出る時に雨が降っている時にだけ使う」ようにした。

もしくは、いつも会社のロッカーに置き傘をしておくことで、帰り際に雨に気付いても濡れずに帰れるようになった。

「傘との相性が良くない」と言っても、もしかすると、その程度の簡単な対策さえも考えず、行きあたりばったりで傘を持ち歩いていた私の考えが甘かっただけのことなのかもしれない。

とは言え、当時の影響もあって、今でも傘を持って出掛けるのは好きではなく、雨というだけで外出が億劫になることも多い。

だが、一度ざあざあ降りの雨の日に出掛けた時、しばらくしてお天気雨になった後に「虹」が出ているのを見たことがある。

めったに見ることがない虹を見ることができたこと、そしてその爽やかに感動して「あの雨の中を出掛けて良かった」と思った。

雨の日の憂鬱さも、そうしたちょっとした感動で印象が変わることもあるものだ。

雨の日の外出は今後もあまり好きになれそうな気はしない。

しかし、だからこそ、そうした「雨の日にしかない良さ」を感じられたり、見つけ出せたりすることが、またあればいいなと願っている。

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  • この記事を書いた人

ミヤノ カナコ

ブログ運営歴5年目のブロガー・フリーランスライター。OL時代には、多くのカスタマーセンターやヘルプデスクでメール・電話での問い合わせ対応に従事。現在は、ブログでの情報提供のほか、エッセイの発信を中心に活動中。このブログでは、ブログのつくり方や文章の書き方など、ネットビジネスに役立つ情報をお届けします。

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