連載エッセイ

「賢い飼い猫」と私の思い出

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愛くるしい瞳とマイペースで気ままな振る舞いで、人を魅了する猫。

世の中に猫好きの人は多いだろうし、この記事を読んでくれている人もきっと猫が好きで興味を持ってくれたのだろうと思うが、もちろん私も例外ではない。

と言っても、今は猫と一緒に暮らしているという訳ではないのだが、昔実家に住んでいた時に飼っていた猫がいたので、その猫の話をここではしたいと思う。

その猫(以下「メイ」)は、まだ小さい子猫の時に家にやってきた。

もともと野良猫だったのを親が見つけて、そのまま連れ帰ってきたのである。

しかし、野良猫と言っても、その当時はまだ子猫だったし、メス猫だったこともあってか、まったく凶暴な感じではない。

むしろ人懐っこく、見た目もどこかの飼い猫に近い可愛い猫だった。

正確な種類は分からないが、ペルシャ猫のように毛足は長く、グレーと白が混ざった毛の色をしている。

そして、目はちょっと大きめのつり上がった形をしていて、整った顔立ちをしていた。

とても野良猫とは思えない、まるで、小さなぬいぐるみのように愛らしい猫だったのだ。

メイは、初めて対面した私たちに対して、まったく警戒心やひるんだ様子を見せなかった。

それどころか、愛くるしい瞳と、どことなく行儀の良さや品の良さを感じさせる振る舞いで皆を魅了し、すぐさま家中の人気者になっていた。

おそらく、その見た目と人馴れした様子から、もともとはどこかの飼い猫だったのではないかと思われる。

実際に、それを証明するかのように、何のこともなく、メイは我が家での生活にもあっという間に馴染んでいた。

少し成長して大きくなると、メイはマイペースに家の中を動き回り、時々私の部屋にやってきてはベッドの上で眠るようになった。

そんな時のメイは、窓から降り注ぐ日差しを浴びながら、私のベッドの上で丸くなり、何の憂いもない幸せそうな顔つきで目を閉じている。

その寝顔はあまりに気持ち良さそうで、何だかメイの周りにだけ、ゆるやかでのんびりとした別の時間が流れているようだった。

それを眺めていると、つい自分も眠たくなって、その横で一緒になって昼寝をしていたことも一度や二度ではない。

そんな時は、うとうとと、気持ちよく眠りに落ちることができたものだ。

またある時は、夜私のベッドに潜り込んだメイと、大の字になって一緒に眠っていたこともある。

しかし、メイと私の関係は、特にベタベタとした甘ったるいものではなく、逆に時間が経つに連れてさっぱりとしたものになっていった。

おそらくそれも仕方のないことだっただろう。

と言うのは、餌をあげるなど主にメイの面倒を見ていたのは母だったからである。

私はたまに餌を皿に入れる程度で、世話らしい世話をほとんどしていなかったのだ。

なので、私よりも、日々世話をしているほうの母にメイがなつくのは当たり前だろう。

また、さらに言うと、私は母と仲が良くなかった。

あからさまに険悪ムードではないものの、表面上は普通に見えても、裏ではいわゆる冷戦状態が続いていたのである。

そして、それをメイはよく分かっているようだった。

たとえば、彼女が私の部屋のベッドで眠っているところに、母が突然やってくることがある。

そんな時、母はたいていメイに向かって「あら、こんなところにいたの?」と嫌味っぽく言う。

そうするとメイは、まるで「まずいところを見られた」とでも言うように、さっと起き上がって逃げていくようになったのだ。

そんなこんなで、メイと私は「特に仲良しでもないけれど、仲が悪いわけでもない」という付かず離れずの関係を維持していた。

とは言え、メイはたまに私の部屋にやってきてはベッドで眠ることもあったし、まれに構ってほしい時には、さりげなく訴えてくることもあった。

たとえば、ある時、私がパソコンで作業をしているところへメイがやってくる。

だが、その姿を一瞥しただけで、私はパソコンから目を離さない。

すると、メイはキーボードの上に乗ってきて、そのまま座り込んで澄まし顔をするのである。

私はキーボードが打てなくなって戸惑いつつも、「きっと構ってほしいのだろう」と思い、撫でてみると、満足そうな顔つきをする。

しかし、しばらくしてもキーボードから離れてくれない。

作業に戻りたい私は、仕方なくメイを抱き上げて場所を移動しようとすると、「それならもういいよ」とでも言うように、さっと私の腕から逃げて部屋から出ていってしまうのである。

そんな時、私は何となく後味の悪い気持ちになるものの、マイペースなメイのほうはどこ吹く風といった様子だった。

つまり、自分が気に入らない時には出ていくし、構ってほしい時や用がある時には寄ってくる。ただそれだけなのだ。

人に甘えてわがままを通したり、気に入らない時に駄々をこねたりするようなところがなく、後腐れのないクールな態度を貫いていた。

また、ある時は、メイが「ミャーミャー」鳴きながら寄ってくるので、どうしたのかと注目していると、私の様子をちらちら見ながら少しずつ歩いていく。

その様子は、まるで「私の後に付いてきて」とどこかに案内しようとしているようだった。

そして、そのまま歩いていくと、メイが連れて行こうとしているのが居間だということが分かる。

私はあまり居間に寄り付かなかったので気付かなかったが、家族が出払っていて餌が切れていたので、私に「餌をくれ」と言いたいようだった。

そうやって、メイは言いたいことがあると、こちらに伝わるように振る舞っていたのである。

頭がよく、することに無駄がない。

実際のところ、ただ可愛いばかりではない、そんな賢い猫だからこそ、メイといて家族みんなが心地がよく過ごせたのではないかと思う。

つまり、家族みんなにちやほやされながらも、それに甘えるのではなく、冷静に人の様子を観察し、常に誰ともうまくやれるように上手に立ち回っていた。そんな気がするのである。

それは、もしかしたら、もともと飼い猫だったのを捨てられた経験から得た処世術だったのだろうか?

そう思うと、猫一匹の生きる力も馬鹿にはできない。

そうしたメイの賢さとしたたかさを、私はけっこう好きだった。

彼女と離れて暮らすようになってもう何年も経つ。

しかし、日差しの中で眠る時の天使のような寝顔や、澄まし顔で窓際に佇む時の、まるで絵に書いたように愛らしいメイの立ち姿を今でも時々思い出す。

そんなメイの姿と、一緒に過ごした時間は、何年経っても私の心に残り、思い返してはいつも私の心を温めてくれている。

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  • この記事を書いた人

ミヤノ カナコ

ブログ運営歴5年目のブロガー・フリーランスライター。OL時代には、多くのカスタマーセンターやヘルプデスクでメール・電話での問い合わせ対応に従事。現在は、ブログでの情報提供のほか、エッセイの発信を中心に活動中。このブログでは、ブログのつくり方や文章の書き方など、ネットビジネスに役立つ情報をお届けします。

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